水の都だった「江戸」
江戸は水の都だった
下町には
その面影が残っている
一昨日撮った写真を貼る
江戸は太田道灌が開いたときは湿地帯
埋め立てをし運河を作った
徳川家康が江戸に移されたとき
土木工事がおおかったので
江戸は女なしの男の世界だった
大名屋敷は
湾岸近くに作られた
江戸湾に入った大船から、細かくわけられ小さい船で藩邸まで運ばれた
昔住んでいた埼玉から
お江戸まで海運路が整備されていた
関東大震災
東京オリンピック
を経て
細かい運河は
大部分が埋め立てられ
道路となった
そして運送の主体は
海運→鉄道→トラックと変わった
半世紀以上前、父親が東京に嫁いだ妹宛、米を送るのに
国鉄の駅まで、リヤカーで一緒に運んだのを覚えている
当時米は統制品だから、表書きは大豆となった
海路がなくなって
まだ百年たらずなのだが
江戸の風景は一変した