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コンサルの独り言

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マ-ケテイング・コンサルタントの独白です。

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佐賀の乱、ほど明治維新の闇をあらわした事件はない
なぜ江藤新平と島義勇はさらし首になったのか

この事件を調べれば調べるほど
明治維新のいかがわしさが深くなる...


だまされてはならない

そもそも征韓論と非征韓論との深刻な対立などなかったのだ
それは
後付けで
なされたもの

征韓論に前のめりになっていたのは外務卿の副島種臣
西郷はむしろそれを押しとどめ
江藤に至っては率先する立場にはなかった


この話のふしぎなところは
征韓論で
副島、西郷、板垣、江藤、後藤というひとたちが既に参議を辞めている
しかも征韓論派はまとまって、大久保・伊藤に立ち向かってはいない
もう一つの不思議は
とらえられた江藤はすぐに暗黒裁判でさらし首になっている


まるで
反乱をおこす人間達に
警告の様だ

征韓論の対立というのは明らかに嘘、しかも西郷の時にも、こじつけで使われた
これは玉転がしの権力闘争だったのだ


明治維新とは
長州が国際資本にのっとられ、薩摩と、佐賀、そして土佐の四藩が推進した
そのうち薩摩は西南戦争(明治十年)で、佐賀は佐賀の乱(明治七年)で壊滅的打撃をうけさせられる
すべて仕組まれたことなのだ


江藤新平と島義勇、副島、そして大隈重信は楠公義祭同盟のメンバ-
後醍醐天皇を支えた中心楠木正成親子をシンボルとした秘密結社なのだ
初期の明治政府を支えた江藤新平と島義勇は佐賀におびき寄せられる

二人とも反乱の首謀者にしたてあげられるためだ
暗躍したのが三条実美と大隈重信
そして
二人を葬ったのは大久保利通


なにがばれるのをおそれ
裁判も秘密の二日間でさらし首にしたのか
それは
まちがいなく、明治天皇が大室虎之祐だということをばらすと
こういうことになる
政府の中枢にいた人間でも同じことだ
というみせしめのためなのである


不平士族の反乱という簡単な話ではない

江藤はまんまとはめられている
佐賀にはいるまで、かれは温泉や妻の親戚のいる
深掘につれまわされる
なぜなのか、簡単に言えば政府軍の準備時間を稼ぐためである


準備はできて、江藤と仲の悪い島が会ったという事実も作らされた
そして佐賀城に熊本兵六百五十人が入る
プライドの高い佐賀陣はこの少数の熊本兵を一掃する

敵視していた熊本鎮台兵を少数入れて一掃されれば
これはもう、立派な反乱
しかも、江藤が佐賀入って二日目という絶妙のタイミングなのだ

その四日後大久保は博多に鎮圧本部を置く
この手際よさはあらかじめ仕組まれていなくては出来ない


そしてこの陰謀の根が深いのは
江藤も島も後に大赦される
それも裏切り者大隈重信がフルベッキ写真を使われて脅されたためらしい

明治維新の闇は深い


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by kongojiamarron | 2017-05-31 01:06 | 政治 | Comments(0)
  1. 二十四節気でいえば今日は「小満」
    立夏を過ぎて、命が満ち満ちるのだそうです
    七十二候では「紅花栄う」
    季節としては紅花なのです、紅の染料として使われます
  2. ...
  3. 「五月晴れ」の季節でもあります
    「五月雨を集めてはやし最上川」
    芭蕉の句です、旧暦の五月は今の六月あたりですから
    梅雨の季節でもあります
    五月雨が続いて、突然突き抜けるような、晴天の日、それを「五月晴れ」というのが
    本来の意味らしいのですが
    いまは初夏のさわやかな晴れた日をさすようになってしまいました
  4. d0202960_09595628.jpg
  5. この時期
    食べ物としては穴子でしょう
    一年中採れるのですが、季語としては「夏」になります

  6. そと海に似たるうねりや海鰻釣   梨葉
  7. 昔北品川にクライアントがいて、(いまは再開発がすすんでしまいましたが)
    あそこには江戸前の漁師がいて、品川沖の穴子を採り、
    天ぷらで食べさせてくれたものです
    穴子は地中海沿岸でも人気の海産物だったらしく
    古代ロ-マ、古代ギリシャの時代から、出てくるのです
    穴子は肉食系、食べると精がつくとおもわれていたらしいのです
    ぶつ切りにして塩ゆで、というなんとも愛想なしの食べ方ですが

  8. 僕たちは幸せなことに
    「白焼き」
    「天ぷら」
    「蒲焼き」
    「にぎり寿司」
    「穴子丼」
    と多種多様な食べ方を知っています
  9. 穴子焼き潮の香りもうねりかな  自作

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by kongojiamarron | 2017-05-30 22:56 | グルメ | Comments(0)

個人事業主から会社組織にして
うまくいかない、人はそれこそ山の様にいる
収入は落ち
雑務が増え
(じぶんに都合の良い)人材は集まらない


...

まずは組織で仕事をするということはどういう事なのかを理解してもらう
ここで半数はペケ
組織化というのが理解出来ない
そういう人達は個人株式会社という変な形になる


飲み屋に行って、名刺を出すときだけ、効果が期待できる、というやつだ

組織化のビジネスモデルに移行していく事が理解出来た人には

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この本を手渡す
商法の本を読ませるより数倍効果がある


会社組織というのは
個人とは違い、社会的公器なのだ
きがつかないうちにブラックにならないよう
(新興企業は、けっこうブラック体質になりやすい、のに留意)

組織の生産性を上げるという事と
社会的公器であることを両立できないなら

会社は早晩破綻する


僕は、それこそ山のように、そんな会社を見ているから
よ~~~~くわかる


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by kongojiamarron | 2017-05-30 08:50 | 組織改革 | Comments(0)

紫陽花やはなだにかはるきのふけふ  子規

万葉集の時代から好まれてきた、紫陽花は
梅雨入りの頃から咲き始め
梅雨明けには花期が終わる

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「あぢ」は集まる
「さい」というのは藍色を意味するという
咲き始めからじょじょに色が変わっていきます
もちろん土壌によって色が変わり
酸性土壌では青色
アルカリ土壌では赤紫になります

紫陽花にかたつむりの涙落ち 自作


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by kongojiamarron | 2017-05-29 05:00 | 風景 | Comments(0)

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毎年2回春と秋に行っている定期演奏会を聴いた

このオケ、アマチュアとしては、レベルは高い

近くの府中市民交響楽団に比べると、楽団員は若手が揃っている


今回の演目は

 

ヴェルディ 歌劇「ナブッコ」序曲 

ブラ-ムス 交響曲第3番へ長調作品90

シベリウス 交響曲第5番変ホ長調作品82

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開場すぐに、木管五重奏が15分間ほどあった

なかなか良い試み


さて最初のヴェルディ 歌劇「ナブッコ」序曲 

ヴェルディ28歳の時の作品、彼を世の中に知らしめた作品だ

序曲は8分程度の小品、最初の金管が勝負なのに

出来は良くなかった、後半は盛り返したのだが、全体としては残念な出来となった


そして二曲目、ブラ-ムスの交響曲では一番短い作品

1883122日、ハンス・リヒターの指揮により、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団の演奏会で初演された。

結果は大成功で、ブラームスは再三カーテンコールを受けた、といわれている

これはなかなか安定していてよかった

もともとストリングスは安定している楽団なので、金管木管が安定すれば天下無敵なのだ

しかも、指揮者の見事さが際立っている

終わると万雷の拍手、なかなかのできばえだった


ここで休息


コンサ-トマスタ-が男性に替わる

さてメインはシベリウス

シベリウスは個人的に好きな作曲家なのだが

彼の曲はそこにフィンランドが現出させられるかどうかが勝負なのだ

ストリングスに比べ管楽器パ-トはやはり劣るのだが

なんとか

フィンランドの風景を現出させて楽しませてくれた

これも万雷の拍手だった


残念なのは、万雷の拍手にもかかわらず

アンコ-ルはなかった

二週間前の府中フィルとの比較では府中の方が出来はよかった

調布フィルには秋を期待しよう

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それにしても

満席にならないのはとても残念といわざるをえない


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by kongojiamarron | 2017-05-28 23:15 | エンタメ | Comments(0)

今は高級品になってしまいましたが
貧乏な我が家では
父親はこれを肴に焼酎を飲むのが好きでした

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祖母にあたる人の口癖は...
「人間、競馬をやって、焼酎を飲むようになっちゃおしまいだね」
というものでした
彼女は明治20年生まれのお金持ち(かつてお金持ち)のお嬢様
酒好きの僕の父親は
インテリくずれの労働者階級
まあ
その象徴がこの鯨ベ-コンなのです


競馬はTV中継されるようになり、
市民の広場化をイメ-ジ戦略化にある意味成功しました
日本では上流階級のものではないのはいまもかわりませんが
一応市民権を得たのでしょう
僕は祖母の遺言に従ってやりませんが....

焼酎はやむなく飲んでおります


それは戦後
日本酒業界がだらしないため
実力で、その地位を確立したというのがあります
祖母のいう下層階級の飲み物のイメ-ジは、もうないはずなのですが

それと、脂っこい鯨ベ-コンに日本酒は無理なのです
焼酎があうのはいうまでもありません


さて
そういうわけで
子供の頃
父親から食べさせてもらった鯨ベ-コンを
ノスタルジィと一緒にたべます


今や高級品でかつ、品不足
隔世の感があります


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by kongojiamarron | 2017-05-28 04:34 | グルメ | Comments(0)

昨日暇な時間が3時間もあったので
この本を読了した
どんな本であっても
良いところをみつけないと、時間を無駄にしたと思いたくない
さて...

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本のタイトルは「経済学的思考のセンス」
もともと経済学を体系的に学んでない僕は
思考のセンスという言葉にひかれて読み進んだのだが

ほとんど経済学とは関係ない
統計的関連性、有意性の話
そうなると、たぶんこの先生より僕の方が専門家
半分までよんで
とても稚拙な展開に飽き飽きした


しかし、良い一章があった
「大学教授を働かせるには」
この11Pのみ買う価値のある本である

任期制と終身雇用について述べているが
著者が経験した大阪市立大学、大阪大学の人事制度が
下敷きの経験になっている事は想像にかたくない

労働生産性から考えると任期制の方が終身雇用制より生産性が低くなるというのだ
僕はかつて、大学教員の賃金表と評価システムを作ったことがある
この分野はこれから一気に需要があるとみた

「教育の質」と御題目を唱えているだけの馬鹿大学があるが
具体的制度におとさないとなんの意味もなさない
つまるところそれは設備というハ-ドと教員の質の確保なのだ


大学が本格的淘汰の時代に入り
10年以内に33%が募集停止になる
教員は潰しがきかない
しかし、そのことで
生き残った大学でも入れ替えが始まる


つまり潰れた大学にも優秀な教授はいるのだから
職を失えば、生き残った大学でも職の淘汰は始まるのだ

さあてこの話
何処かで金にしなくては
人生に無駄な時間はない


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by kongojiamarron | 2017-05-27 04:30 | 教育 | Comments(0)
野点セットを取り出しお手入れする
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茶筅は100本だて、普通は88本なのにこれは切れよく素早く立つ
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すべては4Lの防水バックに収まる
嫌なことがあったときは外でお茶をたてるのがいい

真夏も真冬も適さないとしたら...
今しかありません

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by kongojiamarron | 2017-05-26 09:01 | 風景 | Comments(0)

毎年この時期は「太宰治」を振り返る

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大學の卒論が
「太宰治の人称研究」
作家は作品を書く時、自分の経験を基に、客体化する
虚実皮膜/嘘と本当は膜ひとつ/本当らしい嘘をつく


しかし自分の経験には限りがある
そこから先
作家は素材を探して調理することになる
それを人称の変化という事で全作品をトレ-スしてみたのが卒論


そこからわかることは
この作家は習作家のまま、売れっ子になり
羽化しないまま
一生を終えてしまった
素材の使い方がわかってきた時に一生を終えてしまっている

あと
10年生きて、漱石が亡くなった年まで、創作活動していれば
「偉大」という言葉をつけられたのに
返す返すも残念である


作家は死因からその作品を評価してはならない
というのは
卒論指導をしていただいたK先生の言葉だが
太宰治ほど誹謗中傷に晒された作家はいないだろう


愛人兼秘書の山崎富栄と玉川に入水自殺したわけだが
当時の評価は毒婦、富栄
しかし、詳細に検証してみれば
かれは躁鬱質だったのではないかとおもわれる
作品のタッチにも二極が時々現れている


桜桃忌は来月
また追悼のブログを書くことにしよう


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by kongojiamarron | 2017-05-25 05:44 | エンタメ | Comments(0)

同じ本が2冊ある
前に買った一冊を忘れて
次の一冊を買ったらしい

一冊目は1988年の初刷りもの...
二冊目は1992年の三刷目

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値段は2000円と2060円
この4年の間に消費税増税があったのだ
原本は1967年に出版されている


コリン・ウィルソンは1956年に出版された「アウトサイダ-」により一躍時代の寵児になった。
しかし有名になればなるほど本人の意図とは別の歩みをしてしまう
世間の批評は
「社会不適合になった天才達の末路」
本人が主張したかったのは
日常の些末性から逃れようとした、天才達の葛藤と敗北
かなり意味が違う


僕自身は1970年代から彼の作品を読み始め
「アウトサイダ-」にたどり着くまでには
10冊の作品を読んでいた
たしかに「アウトサイダ-」という本は読みにくい
執筆になれていない博覧強記の若者の殴り書き、といった体だ

そのかれが人間の些末性について
物語として書き起こしたのが


「精神寄生体」The Mind Parasites
1967年からみた近未来というのは2014年

最後に冥王星にでかけるのが2007年の事

さてしてみると
我々が存在している2015年というのは
近未来には達していないようだ

この作品マインドパラサイトの戦いを「ラブクラフト風」に書くという
こころみなのだが


読み直すだけの価値はある
なにせ二冊も買ったのだから


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by kongojiamarron | 2017-05-24 04:32 | エンタメ | Comments(0)