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コンサルの独り言

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マ-ケテイング・コンサルタントの独白です。

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貸した本をパラパラしてみて
なんで多変量解析がわからないのか
不思議に思いつつ
最近この手法がなぜ流行らないのか考えてみた

基本的には多変量解析とは
多くの変量の関連を解るようにする手法なのだが
もともとの理論は統計数理研究所の林先生がつくったものだ
その体系は写真に貼ったとおり
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前処理
デ-タ処理の精度の問題
手法への理解が無い
そういう状態ではやってもしかたない

後処理
結果をどう使うのか
この手法が廃れた理由の大きな原因でもある

デ-タ処理からすべてがわかるというのは幻想なのだ
最近の統計学・ビックデ-タ処理の話は
たぬきさん
きつねさん
の世界になっている
困ったことだ

オ-ダを出す方の不勉強
そして受ける方の不勉強が
なぜかこの手法を神聖なものにしてしまったのだろう
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by kongojiamarron | 2016-10-31 07:26 | マ-ケティング | Comments(0)
宮沢賢治の好きな人と話をしているうちに
その作品と時代背景の話になった
三年前の東京新聞の日曜版は彼の特集だったが
肝心な所は書かれていなかった

宮沢賢治
1896年(明治29年)8月27日-1933年(昭和8年)9月21日(享年37歳)

彼の生涯で大事なコトは
父親マサジロウは浄土真宗
暁烏敏に師事していたのに
賢治は法華宗に改宗していることだ

それも田中智学の主宰する国柱会
日蓮宗の流れをくみ
戦前の我が国思想の主軸をなした
戦前の我が国を左右したのは国家神道ではない
間違いなく国柱会

そしてそこには当時の知識人、そして戦後我が国の中心として活躍したひとたちが
数多く参加していた
資料から消えた人達も多々いる

国柱会は現在も存在はしている
日蓮宗の系譜を受け継ぐ創価学会は
田中智学にあきらかに影響をうけているのだが
その事実も削除されている

宮沢賢治を語る上で田中智学研究は欠かせないはずなのだが
という話をしたのだが

なぜか賢治ファンにはおきにめさないはなしのようだ
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by kongojiamarron | 2016-10-30 04:39 | エンタメ | Comments(0)
セブングル-プの外食事業
「デニ-ズ」が業績不振な訳を探りにいく

去年はパンケ-キ食べ放題でこけている
スタッフはおばさん中心
若い人はこの時給930円ではこない
なのにユニフォ-ムはおばさまにはきついタイプ

現在チキンフェアを実施中
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原価率の低い、チキンで儲けようという魂胆がみえみえのライン
しかも目新しさが皆無
商品開発担当の頭を疑いたくなる
デザ-トのチョコとあいまって、茶と黒、暗いよ
フェアメニュ-なのにね

グラントメニュ-は配列が悪い
そして価格だ
いつから安物ス-パ-ヨウカドウの99円になったのか
〇99円、という表示の羅列に終始していて
あたまがくらくらするばかり
きっと値付けを考えた奴は価格弾性値とか支払い限界とか知らないんだろうな

まずは牡蠣フライと生ハムサラダを頼む
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提供時間も早いし
盛りつけもいい
現場の調理レベルは高いが
このプレゼンテ-ションを考えた担当は能力が低いのがわかる

そして和風ハンバ-グを頼んで
懸念は確信にかわった
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焼き目もいいしきれいなのだか
小型でふくれあがっている
そうこれは、「つくね」になっている
肉の食感はない
つまり開発担当がハンバ-グというものを全く理解していない
ガロニに至っては貧相この上ない

さてこの店舗の問題点は
企画部門に人と金を投入してこなかった
つけが出てしまっている
これでは現場がいくらがんばろうと未来はない
あの猫アニメをみれば
絶望の淵にいる

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by kongojiamarron | 2016-10-29 06:05 | マ-ケティング | Comments(0)
もともとケルト人(シ-ザ-の「ガリア戦記」に出て来るガリア人)の収穫祭であり
年の切り替わりが10月31日ということでお祭りとなった
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新年への切り替えには、魑魅魍魎が跋扈するのは
我が国の節分と同じ
その化け物達と同じ格好をすることにより
同じ仲間ですよと、騙すことから、ハロウィンの仮装が来ている

カボチャはもちろん収穫祭の名残なのだが
元々ケルト人間ではカブだったのだが、米国に渡ってカボチャとなった
米国クリスマスの七面鳥と同じ

この行事、キリスト教とは相容れないはずなのに
なぜか同化政策で黙認となった
キリスト教が世界宗教になるためには、いたしかたなかったためと思われる
さてこの行事、我が国で、これほど大騒ぎになったのは
ほんの3年ぐらい前からのことである
僕が2010年にブログにハロウィンの事を書いたら
わざわざメッセ-ジをくれた方がいたくらいだった
そのころは、マイナ-なイベントだったことは間違いない
僕がこのイベントを知ったのは、映画「若草の頃」(1944年ヴィンセントミネリ監督)でのことだった。
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1903年の夏から1904年の春まで、セントルイスの春夏秋冬を描いた、この作品は米国人のノスタルジィを刺激して、大ヒットとなった、その秋の風景にスミス一家の末娘トゥ-ティ(天才子役マ-ガレット・オブライエン)が、仮装して、近所の子供達と、近くの家を1軒ずつ訪ねては「トリック・オア・トリート(Trick or treat. 「お菓子をくれないと悪戯するよ」または「いたずらか、お菓子か」)」と唱えるシ-ンがでてくるのだ。
2010年に書いたブログでも米国では、子供の楽しみイベントだったはずなのだが

我が国で、若者の馬鹿騒ぎ仮装習慣になったのには
いくつかのわけがある
1. 秋には商戦イベントがなかった
2. ディズニ-が月間パレ-ドとして仕掛けた
3. 社会的不安と不況(幕末「ええじゃないか」現象と通ずる)
4. SNSの発達(仮装の公開)

一日だけの行事がどういうわけかイベント月間になった
これは、クリスマスシ-ズンが我が国では、イベント日になったのと
逆バ-ジョンである
深層心理には、我が国のコミュニティ崩壊があることをわすれてはならない

ケルト人ハロウィンなにかと神にきき     自作
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by kongojiamarron | 2016-10-28 06:20 | 風景 | Comments(0)
この本は17年前に書かれた
国歌国旗法案が成立する直前の事だ
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書かれていたことは断片的に知ってはいたが
これほど
網羅的に書かれた本はない

そしてここに書かれていた後書きの懸念はいま現実のものとなりつつある

日の丸も君が代もこの国にとってなんの正統性もない
その正統性が全くないことは
仕掛けをした明治政府が一番よく知っていた
「君が代」はもともと天皇奉祝歌だったのだが、小中学校の「祝日大祭日唱歌」として文部省がおしつけたのが、明治26年(1893年)のこと
あくまでも天皇奉祝の歌だった
(しらべればわかること)

そして日の丸
こちらは薩摩藩の船印昇平丸の船印だったことはわかりきったはなしなのだが
明治3年(1870年)太政官布告で「商船国旗」として決められた
しかし地上用ではなかった
明治22年(1888年)大日本帝国憲法発布の頃から祝日用の旗になっていく

つまり日の丸君が代ともに
近代明治政府が作り上げた
嘘っこ神話の典型なのである
そもそも国家という概念は極極近代のはなしなのだから

そしてこのシンボルが、日露戦争以降太平洋戦争まで、徹底的に使われた
そのイメ-ジは地に落ちたのはいうまでもないし
敗戦後使われることはなかった
1949年1月にマツカ-サ-が日の丸掲揚許可をだすのだが、掲げる家はなかったという
それがどうして
はい、もちろん文部省が1958年に出した学習指導要領がきっかけ
もともとこのお役所は戦前教育の復活を願っている官僚がいまにいたるまで権力をにぎっていますから
あたりまえといえばあたりまえなのだが
小中生に歌わせることから始める

国歌国旗法を作ったとき、時の官房長官野中は
強制する物ではないとはっきり言ったのに
各地教育委員会は強制をした、
とくに東京都教育委員会は酷いままなのである

事実をのべれば、君が代の評判はよくなかったので
1964の東京オリンピックにあたり、国歌募集がなされてる
一方1961年政府は明治政府の企みを復活させることになる
いわゆる天皇親政化への地ならしである
(国歌・国旗、天皇の国事行為・元号等等)
それがいまにいたるまで続くこととなる

教育現場ではこのことが延々と70年以上おこなわれている
明治政府の意志は強固だったことと
文部省官僚には戦争の責任をとらなくてはいけないものたちが
米国の冷戦構造のなかでいきのこったことによる
しかも文科省は近代現代史教育を国民から取り上げた
大量痴呆国民のできあがりである
現代史を知っている人のほうが少数、
反知性主義が多数という情況になったということとは否めない

歴史からなにも学ばないというより
歴史そのものを認識していない
反知性主義者がこんなにもおおいのはひとえに文科省の教育成果のようだ
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by kongojiamarron | 2016-10-27 04:19 | 政治 | Comments(0)
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駅から徒歩五分のところに、
巨大ショッピングセンター「Ario」がある、
たまに行くのだが
魅力ある店舗はとても少ないので
たまに、たんなる暇つぶしに行く

キ-テナントはIYなのだが
ここの食品売り場が酷い
すこし離れたイオンより酷いのだ

この会社が業績不振なのはよくわかる
食品売り場は広いのだが
陳列は下手
とくに生鮮の見せ方がわかっていない
さいきん現場を教育してないのね

つぎには「惣菜売り場」
なんでこうなるのか
これからのス-パ-にとっては勝負の生命線なのだが
出入りの馬鹿業者に任せているようでは
未來はない

セブンイレブンの様に廃棄物を押し付け販売できないのよ

まずは価格のライン
商品の量目をみなおさないと
オリジン弁当にも負けちゃう、負けてるけど

つぎに商品のレベルと品ぞろえがいい加減なのだ
コンビニじゃないのに
コンビニ陳列の延長になっている

お店の売り上げが不振なのは
その原因が
存在している
プロが存在しない店は淘汰されるしかないのだ
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by kongojiamarron | 2016-10-26 05:11 | マ-ケティング | Comments(0)
江戸百景とタ-ナ-そして原田泰治の画集
この三冊がお気に入りである
パラパラとめくって眺めるだけなのだが
なぜか落ち着く
その世界に引き込まれる
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諏訪湖のほとりに原田泰治美術館というものがある
未だ存命中の作家の美術館だ
この文庫本はそこで買い求めた物
お気に入りの複製も3枚買ったのだが
今は何処かに消えてしまった

この作品集のテ-マは日本のふるさと
1982年から二年半にわたり、朝日新聞日曜版に掲載された
当時父親は未だまともだった朝日新聞を取っていたので
ぼくは日曜毎に原田泰治と日本の30年前の原風景にであっていた
単行本は四季にまとめられていたが
この文庫本は地域別に並べられている

僕が気に入って複製を買い求めたのは
「ジャガイモの花」北海道美深町
「すげぼうし」新潟県津南町
「高原の花」長野県霧ヶ峰
の三枚である

原田氏の絵に登場する人物には目鼻口はない
ぼくは何時も懐かしい人達の顔を勝手に当てはめている

地域活性化は
イベントなんかじゃない
という
僕の主張の原点がここにはある

生活を再生することなのだ

そういえば
キツネとタヌキは......
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by kongojiamarron | 2016-10-25 05:51 | 風景 | Comments(0)
「劇画ヒットラ-」は1990年ちくま文庫から発売された
一年ほど前とある本屋で手に入れた
水木しげる氏の作品である
アドルフは少しネズミ男に似ている
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全17章、劇画とは言え下調べはしっかりしている
1908年のリンツからはじまり、1945年のベルリンで終わる
ヒットラ-が「ドイツ労働者党」とであったのは1919年9月
党の財産は7マルクと3通のてがみ
20人あまりの貧乏所帯だった
第一次世界大戦の敗戦国ドイツで1920年4月には2000人を集め
「国家社会主義ドイツ労働者党(ナチス党)」を誕生させる

元軍人を集め鉄砲部隊を作り、反対派の演説会を潰していく
これがのちにSSとなるが、ベルリン政府への届け出は「体育スポ-ツ部」だったという

1923年のミュンヘン一揆は失敗に終わるが
1925年に再建大会を行い
それから世界は変わり始める

もちろんヒットラ-はある意味突出していたのだが
彼をそこまでの化け物に変えた要因は3つある
・三億マルクという法外な賠償金によるドイツ社会の疲弊
・ドイツ上流階級のヒットラ-支援者の存在
・ナチスに集まった様々な不平分子
そして1928年の選挙でナチスは12人の議員を当選させ
1930年の選挙では107人になり、第二党となる

1933年1月30日、ヒットラ-はドイツ首相に任命される

僕たちが歴史に学ぶことがあるとすれば
経済が壊れた社会では
なんでもありの世界にあっという間になってしまうということだ
マズロ-の五段階説を持ち出すまでも無い
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by kongojiamarron | 2016-10-24 04:09 | 国際情勢 | Comments(0)
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1953年に公開された「ロ-マの休日」
は、オ-ドリ-ヘップバ-ンを一夜にして、スタ-にした

それまで、ヘップバ-ンといえば
キャサリン・ヘップバ-ンだった
僕の好きな映画の一本である
ロ-マ市内の名所旧跡を見せてくれるのだが
戦後すぐの全面ロケである

この映画を観て、ロ-マに憧れた人は多々いるとおもう
スペイン広場、真実の口、サンタンジェロ、トレビの泉.....

英国のマ-ガレット王女の話を下書きにしたと、言われるこのはなしは
最初、監督はフランク・キャプラで、主演はエリザベス・テ-ラ-とケ-リ-・グラントで撮る予定だったという。
しかし、ハリウッドでの撮影と低予算でキャプラは降りた
そこで白羽の矢がたったのが、ウィリアム・ワイラ-だった
引き受けの条件として、全編ロ-マでのロケだった

しかし制作費はキャプラにしめした160万ドルより低い100万ドルという厳しい条件となった
既に総天然色の時代に、この映画が白黒なのはそんな理由による
王女さまのしゃべる英語と新聞記者のしゃべる米語の違い
はとても素晴らしい
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写真の一枚目はベスパに乗って、市内をいく二人、二枚目は、トレビの泉近くの理髪店でショ-トカットにしてもらう、王女様

1954年のアカデミ-賞には7部門ノミネ-トされ
「主演女優賞」「脚本賞」「衣装デザイン賞」の3部門を獲得した
永遠の名画であることは間違いない
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by kongojiamarron | 2016-10-23 03:09 | エンタメ | Comments(0)
注文しておいた本が届いたので
書店までとりにいった
六百頁弱の大作である
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この本は
昭和天皇裕仁の陰謀について書いてある
バ-ガミニの「天皇の陰謀」に比べれば
短い

半藤は、後に電通にはいった、生き残り中佐の証言をもとに
「日本の一番長い日」をかいているが
そもそも、それ自体が大嘘であることを
証明したのがこの本なのだ

ただし、浅学の徒が読むと
訳がわからなくなるらしく
何人かの読後感ブログを、みたが歴史知らず
という、まさに、その体になっている
まあしかたあるまい
紀元前六百六十年に行われた
「神武天皇」の東征は、伊都国の、卑弥呼の弟によってなされた
そもそも、なんのために
ががわかっていれば、「万世ばんけい」の天皇制がわかってくる
そして、裕仁氏の出自がわかれば、現在の皇室典範の大嘘も意図も見えてくる

日本人は平成の世でも「ほら穴」に住んでいる、つい最近起きたこの終戦秘話をただしく認識もできてはいない
かたられた事実は真実ではない場合が多い
ある意図をもって真実を隠すために行われる
しかし、それらの事実を丁寧につなぎ合わせ
解釈をすれば、隠そうとした真実が見えてくる

例えば、終戦まぎわの、香淳皇后の、ICRCへの一千万スイスフラン寄付の申し入れだ、
これは1949年に実施されたことが公式文書でわかっている、どこの口座から送金されているかが、明らかになっているから、天皇の隠し口座が事実であることを追う事が可能なのだ。

裕仁氏の大罪を明らかにすること
というのは
現代日本の支配構造造明らかにすることでもあり
こんなに
矛盾が噴き出してしまった平成の世界
矛盾の根本原因をさぐる事でもある

大著だし、ほかの資料との突合せもいる
一か月後をめどに、読後感をブログに書くことにしよう

全国民必読の書である
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by kongojiamarron | 2016-10-22 03:07 | 風景 | Comments(0)