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コンサルの独り言

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マ-ケテイング・コンサルタントの独白です。

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組織改革の具体的手法として、効果があるものは
マニュアルと教育です

経営者の意識改革とか従業員の意識改革を最初に言うやつは
ペテン師コンサルなのです
意識改革しなくても
マニユアルが整備され
教育が効果的になされていれば
組織は自然と改革されてしまうのです

うちはマニュアル作らない
という貴女
それならスタッフを育成するとき年がら年中フォロ-して教育していますか
それも組織なら
対象は数人から数十人、数百人にひろがりますけど
きちんとフォロ-は難しいでしょ

最近きになるのは使えないマニュアルが横行していることです
とくにオペレ-ションマニュアルは
みただけで8-9割理解出来、作業できるのが理想です
フォロ-は1-2割でいいんですよ
そうなってない、大きな理由は
作成者が
そもそも
その作業自体を理解していないからなのです

簡略化しすぎているより
複雑化しすぎているのも
素人マニュアルの特徴です

さて教育にもマニュアルは必要です
人間はレベルAからDまで
一斉に話しても理解はできません
時間をかけて
繰り返すしかないのです

貴女の組織
マニュアル化と教育体系
効果あるように出来ていますか

できていないとしたら
生産性と品質の大きなロスなのです
改革すればすぐ効果がでるのが外食店舗なのですが
それだけには限りません
あらゆる組織に応用可能です

組織改革のコンサルに御相談下さい
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by kongojiamarron | 2015-10-31 17:15 | 組織改革 | Comments(0)

組織改革の具体的手法として、効果があるものは
マニュアルと教育です

経営者の意識改革とか従業員の意識改革を最初に言うやつは
ペテン師コンサルなのです
意識改革しなくても
マニユアルが整備され
教育が効果的になされていれば
組織は自然と改革されてしまうのです

うちはマニュアル作らない
という貴女
それならスタッフを育成するとき年がら年中フォロ-して教育していますか
それも組織なら
対象は数人から数十人、数百人にひろがりますけど
きちんとフォロ-は難しいでしょ

最近きになるのは使えないマニュアルが横行していることです
とくにオペレ-ションマニュアルは
みただけで8-9割理解出来、作業できるのが理想です
フォロ-は1-2割でいいんですよ
そうなってない、大きな理由は
作成者が
そもそも
その作業自体を理解していないからなのです

簡略化しすぎているより
複雑化しすぎているのも
素人マニュアルの特徴です

さて教育にもマニュアルは必要です
人間はレベルAからDまで
一斉に話しても理解はできません
時間をかけて
繰り返すしかないのです

貴女の組織
マニュアル化と教育体系
効果あるように出来ていますか

できていないとしたら
生産性と品質の大きなロスなのです
改革すればすぐ効果がでるのが外食店舗なのですが
それだけには限りません
あらゆる組織に応用可能です

組織改革のコンサルに御相談下さい
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by kongojiamarron | 2015-10-31 17:13 | 組織改革 | Comments(0)
大学改革を引き受けると
必ずテ-マの一つになるのが「就職率」のはなし

キャリア教育はほとんどの私学で必須になりつつある
10年ぐらい前にリクル-トがキャリアカウンセラ-といういかがわしい資格を作ったことに難を発する。この資格をもったひとたちがするのはひたすら、キャリア教育という意識漬け。意識付けで就職率があがれば世話は無い

現代的キャリアセンタ-は就職先の開発から始めている

大學が大衆化し、企業が教育をしなくなり
若者の非正規雇用が急増した今
本田由紀氏の「教育の職業的意義」というのは一読に値する本である
ただし
この本は普遍について述べていても、特殊については述べていないから
具体的解決は僕の様な、改革コンサルの仕事なのだろう
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大學での職業的意義とは、職業分野に深くきりこんで、専門性をみがくことではない
それは、職業訓練校とか専門学校とか、企業側の社内教育の課題だろう
大學が教えられるのは基本のOSだけ、というのが本田氏の意見だ

教育の職業的意義の話をすると
必ず極端な学問の話と実務教育に別れる
つまり両極端しか、解がない、と思っている
文部科学省の文系廃止改変もこんなところに、その問題が存している

僕の解決手段は
まずは
象牙の塔の開放だ
地元企業と大學の交流から始める
そのために大学院も研究所もフル活用させる
企業から受託研究を受け容れるだけでなく、研究員も講師もうけいれるのだ

そのためには大學の教員の再教育がどうしても必要になる
入れ替えもいる
組織の改編も必要なのだ
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by kongojiamarron | 2015-10-30 11:24 | 教育 | Comments(0)
久しぶりに翁屋に行った
最近は
ホルモンに偏り、魚にいかないのだが
気になって

訪問
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すこし心配
メニュ-の組み合わせが悪いため

出て来る時間がとてもかかるのだ

注意した方がいいのかどうか
いやアドバイスしたほうがいいものやら
しばし迷った

名店が窮地なのだ
お料理は美味しいから
気の長い人は是非いってあげてください
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by kongojiamarron | 2015-10-29 08:07 | グルメ | Comments(0)
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もともとケルト人(シ-ザ-の「ガリア戦記」に出て来るガリア人)の収穫祭であり
年の切り替わりが10月31日ということでお祭りとなった
新年への切り替えには、魑魅魍魎が跋扈するのは
我が国の節分と同じ

その化け物達と同じ格好をすることにより
同じ仲間ですよと、騙すことから、ハロウィンの仮装が来ている
カボチャはもちろん収穫祭の名残なのだが
元々ケルト人間ではカブだったのだが、米国に渡ってカボチャとなった
米国クリスマスの七面鳥と同じ

この行事、キリスト教とは相容れないはずなのに
なぜか同化政策で黙認となった
キリスト教が世界宗教になるためには、いたしかたなかったためと思われる
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さてこの行事、我が国で、これほど大騒ぎになったのは
ほんの3年ぐらい前からのことである
僕が2010年にブログにハロウィンの事を書いたら
わざわざメッセ-ジをくれた方がいたくらいだった
そのころは、マイナ-なイベントだったことは間違いない

僕がこのイベントを始めて知ったのは、映画「若草の頃」(1944年ヴィンセントミネリ監督)でのことだった。
1903年の夏から1904年の春まで、セントルイスの春夏秋冬を描いた、この作品は米国人のノスタルジィを刺激して、大ヒットとなった、その秋の風景にスミス一家の末娘トゥ-ティ(天才子役マ-ガレット・オブライエン)が、仮装して、近所の子供達と、近くの家を1軒ずつ訪ねては「トリック・オア・トリート(Trick or treat. 「お菓子をくれないと悪戯するよ」または「いたずらか、お菓子か」)」と唱えるシ-ンがでてくるのだ。
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2010年に書いたブログでも米国では、子供の楽しみイベントだったはずなのだが
我が国で、若者の馬鹿騒ぎ仮装習慣になったのには
いくつかのわけがある
1. 秋には商戦イベントがなかった
2. ディズニ-が月間パレ-ドとして仕掛けた
3. 社会的不安と不況(幕末「ええじゃないか」現象と通ずる)
4. SNSの発達(仮装の公開)

一日だけの行事がどういうわけかイベント月間になった
これは、クリスマスシ-ズンが我が国では、イベント日になったのと
逆バ-ジョンである

深層心理には、我が国のコミュニティ崩壊があることをわすれてはならない

ケルト人ハロウィンなにかと神にきき     自作
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by kongojiamarron | 2015-10-28 08:24 | 風景 | Comments(0)
この本は16年前に書かれた
国歌国旗法案が成立する直前の事だ
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書かれていたことは断片的に知ってはいたが
これほど
網羅的に書かれた本はない

そしてここに書かれていた後書きの懸念はいま現実のものとなりつつある

日の丸も君が代もこの国にとってなんの正統性もない
その正統性が全くないことは
仕掛けをした明治政府が一番よく知っていた
「君が代」はもともと天皇奉祝歌だったのだが、小中学校の「祝日大祭日唱歌」として文部省がおしつけたのが、明治26年(1893年)のこと
あくまでも天皇奉祝の歌だった
(しらべればわかること)

そして日の丸
こちらは薩摩藩の船印昇平丸の船印だったことはわかりきったはなしなのだが
明治3年(1870年)太政官布告で「商船国旗」として決められた
しかし地上用ではなかった
明治22年(1888年)大日本帝国憲法発布の頃から祝日用の旗になっていく

つまり日の丸君が代ともに
近代明治政府が作り上げた
嘘っこ神話の典型なのである

そしてこのシンボルが、日露戦争以降太平洋戦争まで、徹底的に使われた
そのイメ-ジは地に落ちたのはいうまでもないし
敗戦後使われることはなかった
1949年1月にマツカ-サ-が日の丸掲揚許可をだすのだが、掲げる家はなかったという
それがどうして
はいもちろん文部省が1958年に出した学習指導要領がきっかけになります
もともとこのお役所は戦前教育の復活を願っている官僚がいまにいたるまで権力をにぎっていますからあたりまえといえばあたりまえなのだが

事実をのべれば、君が代の評判はよくなかったので1964の東京オリンピックにあたりり、国家募集がなされてる
1961年政府は明治政府いこうの企みを復活させることになる
いわゆる天皇親政化への地ならしである
それがいまにいたるまで続くこととなる

教育現場ではこのことが延々と70年以上おこなわれている
明治政府の意志は強固だったことと
文部省官僚には戦争の責任をとらなくてはいけないものたちが
米国の冷戦構造のなかでいきのこったことによる
しかも文科省は近代現代史教育を国民から取り上げた
大量痴呆国民のできあがりである
現代史を知っている人のほうが少数、反知性主義が多数という情況になったということとは否めない

歴史からなにも学ばないというより
歴史そのものを認識していない
反知性主義者がこんなにもおおいのはひとえに文科省の教育成果のようだ
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by kongojiamarron | 2015-10-27 09:52 | 国際情勢 | Comments(0)
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この本は統計確率についてわかりやすく解説した本である
「最強の....」などというまやかし本より、よっぽど良くできている
しかし
売れなかった理由もわかる

全くの素人が読んでも面白くないのだ
これはしかたない
ほとんどの人達は反知性主義、教養もないのはしかたない
学校教育で習う、統計確率のはなしに至っては
先生自体未消化なのだから
なにおかいわんやなのだ

僕自身は最初に入った市場調査会社で
統計実務士の通信教育を受けさせられ
一応概略は知っている
だからこの本は面白く感じられる

この本が面白く読めるためには
文学部出身者が数式と格闘していた一年がある
ただ
市場調査会社のスタッフとして統計実務は役に立った
(とはいいがたい)
なぜならクライアントの方が不勉強で、説明がとても大変だったからだ
統計数理研究所の林所長が同じ事を言っても
全く反応が異なったのは、まあ、仕方ない
しかも簡易なコンピュ-タプログラムが氾濫しすぎた

この本をブックオフで手にしたとき
読みにくいというのが
最初の感想だったのだが
購入した理由か有る
統計確率についてまんべんなく網羅されているのだ
もっとも実務はその先にある、応用部分なのだが
全くわからない人達に教えるタネ本としては使える

とっても大事な学問なのに
著者も体系的に学んではいない
実は統計確率はビジネス分野では応用範囲がとても広いものなのだが

社会人としての教養科目の一つ
必須にいれたいものだが
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by kongojiamarron | 2015-10-26 08:13 | マ-ケティング | Comments(0)
独立行政法人国立大学は
前に「独立」と付いているのは
行政とは一線を画していますよという意味、だと勘違いしていた貴女

そう運営費を握られているから
文科省の下僕なのだ
天下りも交付金も文科省のノ-タリンたちにやられほうだい

さすがに
「文系廃止の通達」は内外の批判をうけて
いいなおした
そのことに関してのコラム
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文科省

東大話法(トウダイアホウと読む)がお好きな様だ

しかし
今回の話でもっとも情けないのは
独立行政法人国立大学の経営陣
馬鹿ばっかりで人材不足が露呈してしまった
これで、学費が私学並になったら、誰もいかなくなるよ
そしたら
ハゲタカファンドに食い荒らされる

文科省役人に初等国語教育をうけさせてやってくれ
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by kongojiamarron | 2015-10-25 04:05 | 教育 | Comments(0)
寒くなると
グラタンの季節になる
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メインの食材は
マカロニかポテトにする

ホワイトソ-スと溶けるチ-ズがあれば簡単にできる
あと耐熱硝子容器

後は中にいれる具材は、ソ-セ-ジとかベ-コン
タマネギ、ブロッコリ-
なんでもいい

オ-ブント-スタ-に入れて焼けばいい

ふうふうとグラタン吹く夜長かな  自作
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by kongojiamarron | 2015-10-24 08:47 | グルメ | Comments(0)
自治体図書館ほどくいものにされているものはない

図書館はその地域の知の砦なのに
いつの間にか「痴の砦」になり始めた

図書館は活用されなくてはいけない
地域のコミュニティの中心であるべきだ
その通りだが
それも程度問題なのだ

しかし特定指定管理者制度に図書館運用を任せてはならない
相手が専門家ならまだしも
TSUTAYAでは酷すぎる
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図書館はキディランドではない
司書のいない図書館は閉鎖すべきである
ましてや
図書館長が無教養人だとしたら
それは
知性の自殺に等しい

我が国が反知性主義に満たされているのも
こんなところに理由がある
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by kongojiamarron | 2015-10-23 03:31 | 風景 | Comments(0)