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コンサルの独り言

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マ-ケテイング・コンサルタントの独白です。

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痴呆創世会議が都市消滅をあおり
関係省庁(とくに国交省)が予算をぶんどり
自民党が選挙対策にやっきになり
石破くんはもともと無能なため結果はみえている

今年の10月末までに「地方版総合戦略」を策定すれば
交付金を増額してくれるという

しかし策定の中味はたかがしれている
税金の無駄遣いの交付金ばらまき
という感はぬぐえない

中味はたかがしれているのは
「東京新聞の今朝の社説」に書かれているとおり
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どこもかしこも同じような
案になってしまうのは
この分野に専門家がいないためなのだ
狐さん狸さんはたくさんいる
施設ばか、図書館中心でどうする
祭り馬鹿
6次農業馬鹿
起業馬鹿
一つで成功しても他所で成功するとは限らないのだが
先行成功事例しかしらない、人達はダマしやすいのだろう

それではなにが大事かというと
その地方の特性にあうビジネスモデルの創世なのだ
ポイントは老人力になるのはいうまでもない

従来のビジネスモデルは
若者移住で地域を活性化させるというのだが
それはこの社説どおり、99%の失敗と1%の成功になり
全体は沈んでしまうこととなる
いいかげん若者争奪戦はやめませんか
小布施で若者塾をやるようなおろかなことは

地方創成のポイントは
「コミュニティの再生」と「定住化」なのだ
解決策は講演してあげよう

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by kongojiamarron | 2015-09-30 09:15 | 政治 | Comments(2)
今日は十六夜
月の出がこれからだんだん遅くなる
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ユ-ミンは十三夜が好きと歌った

月は地球に一番近い天体
地球の公転にはいってきて、衛星化したと考えられている
JPホ-ガンによると
それまでの地球は風速40mの嵐の世界だったらしい

まあそれはともかくとして
中秋の名月のお供え物は
ススキと団子がおおいのだが
古くはこれに里芋があった
なぜなら名月鑑賞会は日本古来の里芋の収穫祭だったらしい
これに中国の観月の宴が合わさった

潮の満ち干に影響を与えているのは月だし
人間の体液にも大きな影響を与えている
ルナティックといえば狂人のことだし
月光にあたると、オオカミになる伝説もある

しかし我が国では秋のあしらい

岩端やここにもひとり月の客  去来

ふるさとの月の港をよぎるのみ  虚子


一句詠むと

月まちのため息尽きて白楽天  自作
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by kongojiamarron | 2015-09-28 08:27 | 風景 | Comments(0)
もう3年も政権握っていて
このていたらく
という
アベノミスの通信簿

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説明しよう
株価操作はほとんど息切れ
なりふり構わず年金基金まで振り込んだので、儲かっているのは、外国の機関投資家のみ
実態経済とは関係ない

為替
円安に誘導したのは、輸出企業振興策
しかし多くの製造業は生産拠点を海外に移していたため
効果は特定企業に偏った
それどころが、これが庶民の生活を苦しめ、中小零細にダメ-ジを与えてしまった

有効求人倍数
景気が良いから、求人倍数が増えた訳ではない
震災復興に多額の公共事業費をつっこんだため、人手不足なのだ
団塊世代がリタイヤしたため、人がいないのだ
意図した経済効果ではないのはいうまでもない

それは失業率にもあらわれている
企業が欲しいのは何時でもきりすてられる
非正規雇用なのだ
それも若年層非正規雇用
だからひともいないから求人倍率があがる

これらの数値をみれば
通信簿は赤点落第なのだ


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by kongojiamarron | 2015-09-27 09:40 | 政治 | Comments(0)
まえから気になっていた蕎麦屋にはいる

入った瞬間、昼飯時なのにお客が二組しかおらず
店内も余計な物が多い
おまけに店主一人だけ

とりあえず酒といたわさ、お新香を頼む
お新香はないという
お酒は常温にしてもらった
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お酒は一合より少ない、お銚子、グラスは大きすぎ
いたわさのわさびは粉わさび
だが、酒とかまぼこはまあまあだ

そこでもりを頼む
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これはごまかせないからだ
蕎麦は水切りが悪いが、まあまあの味
かえしも悪くはない

これなら改革は簡単だ
まずは
メニュ-の整理1/4にする
つぎに
作業動線の整理

これで売り上げは2倍になり、利益は三倍になる
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by kongojiamarron | 2015-09-26 09:03 | グルメ | Comments(0)
エバ・ペロン(1919-1952)はアルゼンチンの現代史においては
とても重要な意味をしめる
その歴史的評価はこれからなのだとおもうが
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そのドラマチックな生涯はミュ-ジカル「エビ-タ」になり
映画「エビ-タ」になった
1998年に公開されたこの映画は

淫売と聖女そして王女を描く
マドンナはこのとき40歳だから
若いときのエビ-タ役には少し無理がある
なにせエビ-タは33歳という若さで亡くなっているのだから

ミュ-ジカル仕立てにしているので
マドンナの歌声は素晴らしい

この映画狂言回しに「チェ」という男を配し、彼女の批判をさせるのだが
かならずしも
エビ-タ批判で終始しているわけではない

軍政がつづき、イギリス資本の経済支配下のアルゼンチンは
庶民階級が貧困で苦しんでいた
そこに登場するのがペロン大佐
かれは野心家だった

女優でラジオ番組を持っていた絶世の美人
エバを愛人にする
そしてエバはペロンの広告塔となる
ペロンは軍人を辞め、労働者の側につく

ペロンが大統領になり
第二次世界大戦、戦争当事国にならなかった、牛肉輸出国は大量の外貨をためこんだ
しかしそれは特権階級の物
エバは「特権階級からとりあげ貧しい人に与える」ため財団も作る

戦時中枢軸国だったアルゼンチンは外交政策として
47年にレインボ-ツア-を実施する、ばらまきプランなのだ
エビ-タの王妃様ステップのためだ
しかし、貧困階層出身の淫売おんなとして、欧州には受けがよくなかった
デビスカルノと同じ扱いである

エビ-タは果たして批判される対象だったのか
そのやり方の計画性については問題があったが
政治が見捨てた貧困層に救いの手をさしのべたのはこの映画でも評価している


実際の物語では1952年にエビ-タが亡くなり
ホアン・ペロンは大統領に再選されるも1955年スペインに亡命する
そこでであったのがダンサ-のイサベル
ペロンはペロニスタ(ペロン支持派)の力で1973年大統領に再選された
イサベル(イサベリ-タ)は副大統領になり、翌年の夫の死で初の女性大統領になる
しかし、政治力はなく程なく失脚してしまう
エビ-タのコピ-にはなれなかったのだ

「アルゼンチンよ泣かないで」は映画のなかでエビ-タが切々として歌う
33歳でなくなったエビ-タはいろんなひとに利用されながら
ひとつだけ大事な信念が残されている
それは
彼女がアルゼンチンをアルゼンチンの国民を愛したことだった
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by kongojiamarron | 2015-09-25 08:56 | エンタメ | Comments(0)
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大船渡はまだ何も再建されていないとのこと
チャリティコンサ-トの募金で、指揮者で吹奏楽指導者の佐藤親悟氏は
「僕はお金がないし、支援はできません、でも応援はできます、どうかまだ被災者の皆さんがいる事を忘れないでください」
と言った

演奏者は若手が揃った
プログラムは以下の通り
最初はバイオリンと、ピアノ
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「愛の悲しみ」

「夢の後に」
では、バイオリンが引っ張りすぎて、ピアノがうまくついていっない
というより、ピアノは伴奏なのだが、かどかどしさが目立ってしまう
そしてMCが入る

つぎの曲スベンセンの「ロマンス」ではやっと二人の呼吸が合い始めた
そして
クライスラ-「スペイン舞曲」
この曲は唯一派手な、テクニックをみせるところで
バイオリンの独壇場なのだが、不思議とピアノの出来はよかった
ヴァイオリン「鍵富弦太郎」名前を覚えていても損はない

さて休憩をはさんで
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木管楽器の五重奏
「17世紀の古いハンガリ-舞曲集」
これがなかなかよかった
5人の息も合っていたし
なかなか聞かせてくれた

それに続いて、金管楽器の五重奏
ビゼ-の「カルメン」だ
こちらは少し難ありのできばえに終始してしまった
ききなれた曲なので、よけい評価は厳しくならざるをえないのだが

そしてオオトリ
アンサンブルを佐藤氏が指揮する
編成は
金管5木管4、シロホン1ピアノ2
曲目は
サンサ-ンスの「動物の謝肉祭」

それぞれのパ-ツを生かすための選曲
全体の出来はよかったのだが
各曲前にはいる耳障りなナレ-ションはいただけなかった

最後は主催者の舞台挨拶と
聴衆と一体になった「ふるさと」の合唱でしめくくられた

来年も聴きに行きたくなるコンサ-トだった
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by kongojiamarron | 2015-09-24 07:49 | 風景 | Comments(0)
今朝の東京新聞のコラムがとてもよい
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by kongojiamarron | 2015-09-23 09:14 | 政治 | Comments(0)
当事務所は、事業継承ビジネスはおこなってません

我が国の屋台骨を支えてきたのは中小製造業なのですが
経営者の高齢化にともない
会社として存続が危うくなっている会社は
それこそ石を投げればぶつかるくらいた~んとあります
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しかしこの継承ビジネスに関わっている個人(税理士・弁護士くずれが多い)法人はとてもいかがわしいのです、90%が詐欺集団と言っていいでしょう
つまり、ころがせば大もうけできるのです

詐欺はまず、その会社の資産価値を査定します(かれらにはノウハウとか無形資産の評価はできません、するのはもっぱ不動産とか設備です)
そののち、売却先をみつけ、安く仕入れ、高額で売るのです
買った方は、ダマされるわけですから不良債権化します

10年ほど前、この手のブロ-カ-から手伝ってくれと言う要請があり
半年ほどつきあいましたが、とても相容れないのでお断りいたしました
なぜならK/a企画事務所は「組織改革のコンサルタント」だからです
後継者をそだて、組織を強化し、事業を継承するのが、本道だとおもっているからです

本当に事業継承を考えているなら
それは5年以内で出来ます
中小零細のワンマン社長はなぜかス-パ-マンを求めます
自分のコピ-だと嫌悪感をいだくくせにです
そんな人は存在しません
仮にそんざいしたとしても、自分で事業を立ち上げています

今日の東京新聞からとったグラフを貼ります
公的機関で
馬鹿役人達がセンタ-を作ったというはなしです
これには専門家の能力がひつようとされるのにね

詐欺は国家規模になってきました

当社からの金言
「老兵は死なず、タダ消え去るのみ」
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by kongojiamarron | 2015-09-22 09:05 | マ-ケティング | Comments(0)
デットマール・クラマー(ドイツ語: Dettmar Cramer, 1925年4月4日 - 2015年9月17日)はドイツ・ドルトムント出身のサッカー指導者である
というより、日本のサッカ-を現代化した立役者であり、2005年にはサッカ-殿堂入りしている。
(教え子八重樫氏とのツ-ショット)
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そのクラマ-氏がつい先日90歳でなくなった

彼の来日のきっかけは東京オリンピックにある
1959年12月日本はロ-マオリンピック予選で韓国に敗退した
協会はこのままでは64年に東京でひらかれるオリンピック(当時のアマチュア最高峰)で惨敗するのは目に見えている

時の会長は野津謙(お医者さんで人格者だった)協会は金が無かったので、役員は手弁当、スタッフは丸の内御三家(日立・三菱・古河)からの派遣だった
その野津会長が考えたのが、プロコ-チの招聘だった
ただ先立つ物が無い
そこで相談したのがアディ・ダスラ-だった
敗戦国とはいえ西ドイツは1954年スイスW杯で優勝している
監督はゼップ・ヘルベルガ-(主将はフィリッツ・ワルタ-だった)
この優勝の要因の一つはアディダスのポイント取り替えシュ-ズだったといわれている(詳しくは映画「ベルンの奇蹟」をご覧下さい)

協会に大きな影響力をもつアディが紹介してくれたのが
眼光鋭く、小柄だが、哲学者の風貌を持つ男、クラマ-だった
当時かれはヘルベルガ-のアシスタントコ-チとしてユ-スを指導していた

招聘するのはいいが、なにせ日本サッカ-協会は貧乏所帯
西ドイツ協会は、クラマ-の本給は西ドイツ協会がもつ、渡航費と宿泊滞在費を日本サッカ-協会がもってくれという
破格の好条件をだしてくれた

かれのエピソ-ドとしては、ディユルスブルグのスポ-ツシュ-レでの日本選手との最初の出会い、ペンデル(天井からつり下げられた、ヘディング練習用ボ-ル)を、ジャンプして天井に当てる、小柄なかれがピュ-と天井に当てるのに、日本人選手はだれも出来なかった。
さてそれから、東京オリンピックをめざし、指導がはじまるのだが、彼が教えたのは徹底した基本の反復だった。

当時彼に指導を受けた、長沼、岡野、八重樫、川淵、宮本、釜本は後の日本サッカ-界の指導者となっていくことになる。

八重樫選手は、欧州遠征で、引退した、中年の男とペアで練習試合の中盤を組まされた、
彼のパスは正確無比、こちらの動きにたいして、先をみこしたボ-ルが来る、当時40歳だったこの男の名前はフィリッツ・ワルタ-、八重樫はパスの重要性に刮目したといわれる。クラマ-さんの教えはすべて実戦主義だったという。

さて日本代表がオリンピックで銅メダルを取ったのは1968年メキシコオリンピックのことであるが、それは一朝一夕で成し遂げられたのではない
クラマ-氏が指導していた1964年東京オリンピックの事を忘れてはならない

2年前に代表チ-ムは長沼監督・岡野コ-チに切り替えられていた
それまでの高橋御大とちがい二人とも30代前半、もちろんクラマ-の進言があった、長沼は代表選手の多い古河出身者で人望がある、岡野はクラマ-の通訳を務め、理論家だった(岡野栄泉という上野にある和菓子屋のドラ息子、東大卒)

当時のオリンピックはアマチュアのみ、年齢制限は無い
南米はプロ契約前の20歳前後の選手が中心、東欧はアマチュアとはいえ、国家から給与をもらっているステ-トアマ(実質プロ)だったため、東欧が圧倒的に強かった
1964年10月14日駒沢、対アルゼンチン戦
12日にアルゼンチンはガ-ナと1-1の試合だった
この試合クラマ-氏の提案で、前日渡辺選手から川淵選手にメンバ-変更している
雨中戦になったため体重の重い川淵が機能するとかんがえたためである
この起用があたり日本は3-2で勝利した

しかし64年のオリンピックはそこまでだった

ここからがクラマ-の功績だとおもうのだが
64年に帰国するとき
「日本リ-グの開設」
「コ-チング制度の確立」
「代表チ-ムの毎年の欧州遠征」
の提案をする
日本サッカ-協会はここから現代化に向かうこととなる

クラマ-はアディとの親交から、日本にアディダスを導入したひとでもある
日本代表チ-ムへ最初にアディダスを履かせたのは彼である
それまでの重い日本製シュ-ズとは雲泥の差があった

本人はゼップ・ヘルベルガ-の後、代表監督になりたかったのだろうが
西ドイツ代表監督はヘルム-ト・シェ-ンになった(実績は申し分ない)
クラマ-は巡回コ-チとなり
世界中にこの素晴らしいスポ-ツを伝導していった

ぼくが好きなかれの言葉がある

「サッカ-は少年を大人にし、大人を紳士にする」

偉大な伝道師の魂に合掌
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by kongojiamarron | 2015-09-21 09:39 | フットボ-ル | Comments(0)
来年の参議院選挙は国民の意地をみせる必要がある
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参議院の賛成議員一覧である
とくに
黒丸をうってある議員は来年改訂議員である
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落選させましょう
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by kongojiamarron | 2015-09-20 08:36 | 政治 | Comments(0)