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コンサルの独り言

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マ-ケテイング・コンサルタントの独白です。

ドイツ革命

クラウス・コルドンの小説「ベルリン1919」
はベルリンに住む貧しい一家の目をとおして
ドイツ革命「スパルタクス団の蜂起」について書かれている


ご存じのようにスパルタクスはロ-マ時代の剣闘士...
ロ-マ市民階級の圧政に苦しみ蜂起し、鎮圧された

そういえば「ドイツ革命」という本をもっていたな
と1972年に出たこの本を発見、この本がでたころは
ベルリンは東西に分かれ、壁も存在していた

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ドイツ革命は1918年11月にはじまり1919年1月に終わる
もともとドイツは都市国家、帝国になったのは1871年
国家という概念はなかった、ここは日本も他の諸国も19世紀は同じ


国粋主義者の皆様は嘘をいってはいけない

さて、ドイツ帝国は1888年ウイルヘルム二世が皇帝に就任するが
1918年11月9日ドイツ帝国は第一次世界大戦に敗れる
ウィルヘルム二世は10日オランダに亡命
3日にキ-ル港で水兵の反乱があったためだ

ここから無秩序状態になっていく


1919年1月5日ベルリンでスパルタクス団が武装蜂起する
ここで鎮圧に登場するのが「ドイツ義勇軍」
かれらは退役軍人で、社会には不適合、おおくは共産主義に反感をもっていた、彼らはドイツ社会民主党メンバーで国防大臣グスタフ・ノスケから多大な支援を受け、ノスケは彼らをドイツ革命の鎮圧や1919年1月15日のカール・リープクネヒトおよびローザ・ルクセンブルクの処刑を含むスパルタクス団の壊滅、1919年のバイエルン・レーテ共和国打倒などに利用した。

この義勇軍からナチに入党した軍人はとても多かった


1919年1月15日カ-ルリ-プクネヒトとロ-ザルクセンブルグが惨殺され

ドイツ革命は終わる。貧乏人の自由主義の敗北である。
ワイマ-ル共和国憲法が制定されエ-ベルトが大統領となる

6月28日に調印されたベルサイユ条約は
多額の賠償金をドイツに課すものだった。ハイパ-インフレの登場である


ここから未来を約束した「国家社会主義ドイツ労働者党」が勢力を拡大していくことになる、ヒットラ-がこの党(ナチ)の党首になったのは1921年7月29日の事だった。

歴史にもし、があってはならないのだが
あのときスパルタクス団が勝利していたらどうなっていただろう


しかし民衆は彼らを見殺しにした。銀行家企業家退役軍人は抹殺に動いた

1833年のフランスでも同じ事がおきている
学生の一斉蜂起に民衆は蜂起せず、虐殺されることになる
「レ・ミゼラブル」の世界である

歴史を学ぶということは未来を予測するという事なのだ
過去を多面的に見据えれば未来はみえる

「温故知新」まさにそのとおりなのだ


by kongojiamarron | 2017-04-22 04:57 | 国際情勢 | Comments(0)

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