ブログトップ

コンサルの独り言

kongojia.exblog.jp

マ-ケテイング・コンサルタントの独白です。

大室寅之祐は明治天皇になった?忘備録

阿片戦争の前は
日本に利権を持っていたオランダ東インド会社と
地球の1/4を植民地化しつつあったイギリス東インド会社
の争いがあり
清国の利権を得た英国東インド会社は日本の植民地化を研究し始める

薩長の下士とそれ以下の人々は間諜だった
脱藩浪士として生きるしかなかった
いくら才能があれども上士にはなれない
そして明治政府の実権をにぎったのはこの人々だった
この人達が薩長の実権を握るのに英国がかなりの助力をしている

すり替えられた、大室寅之祐が、孝明天皇の子、睦仁親王でないわけ
左利き/高貴な生まれなら、右利きに直すはず
書が下手/三筆残っているが練習されていない
天然痘のあばたがある/本物の親王は種痘を受けている
大男/皇室は小男の系譜
なにより孝明天皇に似てない

隠すために、女官を総入れ替え
側近も武人に入れ替えた
残したのは西園寺兄弟と昭憲皇后
西園寺実則は詔勅をすべて書いた
写真は二葉しか残ってない
東京に遷都したのも根本理由はこれ
彼が臣下に直接声をかけることはなかった
彼の声を聴き、翻訳するのは、知っている人間だけ

十六歳の大室寅之佑が選ばれたのは、十四歳の睦仁親王が虚弱だったことが大きい
孝明天皇を殺害し、睦仁親王までも殺害したのは、英国側の意向も大きい
これが弱みとなった

天下乗っ取りの、スタ-トはフルベッキ写真
撮った場所は大徳寺(樹齢800年の楠木がある)
南朝復活同盟なのだ
勝海舟と西郷はお仲間だった

この写真は我が国には複写しか残っていない
原本はペンタゴンに存在している
写真偽者説にしなくてはならないのは天皇取り替え説が明らかになってしまうから
つまり明治維新とは北朝の天皇を倒し、南朝系にもどすことだった
そのために集まった志士達の集合写真なのである

そのことはばれたらたいへんな事だから、明治以降の上野彦馬のスタジオで撮られたという
嘘をでっちあげた、しかしこの写真は上野彦馬のスタジオで撮られたものではない
おまけに上野が撮ったものでもない、詳しくは「幕末維新の暗号」参照

しかしこの南朝復活という大義名分は嘘なのだ

大室虎之祐は大室家に後妻で入った母親の連れ子
朝鮮系部落民、ヒントは伊藤博文にある(同じ部落民)

戦国時代、守護大名は、天下をとるため、皇室の流れをくむ、親王達をかくまった
大室家もその一つ
昭和になって「熊沢天皇」「三浦天皇」というのも出て来る

南朝復興といっても
力がなければできない
そこにあらわれるのが真の支配者、
イギリス東インド会社、ジャディンマッセソン、代理店グラバ-商会
武器とお金、軍事訓練を提供した
奇兵隊の戦法は日本人が考えたものではない
自国の兵を使わなくていい
この日本支配は成功する

支配というのは金融支配のことである
そのため留学生を洗脳し
岩倉使節団を仕立てた
その金融支配は現在まで続く

明治時代は
支配者になった人間が次々と抹殺されていく
権力の中枢からも次々外される
主なところを上げれば
参与横井小南、明治二年十津川郷士にピストルで
西郷隆盛、明治十年、南朝菊池家の系譜である
参議江藤新平と島義勇を佐賀の乱で謀殺
明治天皇が大室寅之祐であることをバラすものはすべて排除された

仕上げは伊藤博文となる
伊藤博文がなくなり、明治天皇は南朝正当説、南朝神社建立を行う
重しがとれたのだ

明治時代はイギリス東インド会社の植民地政策だったから
しなくてもよかった、戊辰戦争で、グラバ-がもうけ
かれは商会を倒産させると、さっさと三菱の顧問におさまる

そして日清日露戦争に日本を追い込んでいく
なにせ
戦時国債の償還と戦争準備金で国家予算の六割が費やされていたのだから
阿片戦争で自国軍兵士を大量死させた植民地政策にくらべれば
はるかに安全な占領政策といえよう

さてこのことは
昭和維新につながっていく
昭和維新というのは天皇神格化に伴う明治維新神話の強化だった
そして
昭和天皇が自己の出自を隠すためのギャンブルでもあった
結果は半分成功したが

宗主国が米国に替わった
米国はこの明治維新の植民地政策を綿密に研究していたのは間違いない
明治天皇の巡幸を真似、昭和天皇にも巡幸をさせた
岩倉使節団にならい、フルブライト奨学生を大量に受け容れた
天皇制を徹底的に活用しているのだ

大室寅之佑は昭和天皇存命中は公にはならなかった
これからである
この歴史を暴くのは
[PR]
by kongojiamarron | 2016-02-14 02:01 | 風景 | Comments(2)
Commented by phon_bb at 2016-02-15 19:05 x
この説は、本当ですか?
明治維新も、相当胡散臭いと思いますが、
中々裏付けが、見つけ出せません。
Commented by kongojiamarron at 2016-02-15 22:57
裏付けはたくさんあります。資料もたくさんあります。僕のブログの中で、明治物について、出典をたくさん書いてありますから、それらをまずはあたることをお薦めします。数冊ではなく何十冊もあります。ただし、意図的にウソが混ぜてあるものもありますので、ご注意。